『クィア・スタディーズをひらく 1』第3章(pp. 81-101)所収
要旨:
「同性愛」という概念は、大正期に流行した性欲学によって日本に浸透した。これにより、女性同士の性愛が認識され、男性同士の性愛と同じ「同性愛」というカテゴリーに入れられることになった。「同性愛」に関する雑誌も増加し、同性愛に関する投稿も多くなされた。しかし、そこには大きなジェンダー差が存在していた。性欲学の「男性の性欲は女性よりも大きく、さらに男性の性欲が能動的・肉体的であるのに対し女性のそれは受動的・精神的」という価値観のもと、女性が自らの性愛や欲望について語ることは難しかったと考えられる。
戦後も「変態雑誌」が数多く刊行され、会員制の組織や同人誌が作られるまでに発展した。しかし、読者の中心は大正期同様、男性同性愛者だった。新聞の投書欄では、女性同性愛者からの投稿も見られるようになったが、新聞の投稿欄の回答者は、同性愛を異常とみなし、矯正を促す態度を貫いていた。女性同性愛者は1970年代になって初めて、自らの性愛や欲望について自由に語れる場や雑誌(ミニコミ誌)を手に入れることができた。
なぜ、女性は「変態雑誌」の読者になりえなかったのだろうか。その理由としては、これら雑誌がポルノグラフィの色彩を強く持っていたこと、そして金銭的な余裕がなければ雑誌を購読できなかったことがあげられる。こうしたジェンダー非対称性は、雑誌間の購読者獲得競争によって拡大される。つまり、定期購読者のマジョリティである男性同性愛者のニーズを優先した誌面が作られることで、「変態雑誌」のコンテンツは女性同性愛者のニーズから大きくかけ離れるものとなっていった可能性がある。
以上のような経緯から、男性同性愛者は「変態雑誌」を中心に発展した「語りの場」で、周囲にカミングアウトしないまま、自らの性に関する悩みを緩和したり解決したりする方法ーー「クローゼットへの解放」ーーを採ることができた。しかし、それはジェンダーの非対称性を前提とした商業主義との共犯関係において成立するものだった。これは、現代社会においてみられる「マーケットを通しての人権獲得」の動きを批判的に検討する上で重要な論点になると考えられる。
解説が必要なポイント:
- なぜ大正期に性欲学ブームが起きたのか?
- 雑誌『変態性欲』の位置づけ(雑誌名に「変態」という言葉を使うのは差別的だと感じる学生が多いので、説明が必要)
- p. 95の「『自らの性を取り戻す』プロセスを男性は必要とせず」の意味
- ウーマンリブ運動の歴史・実践(なぜかこの箇所を読んで、ウーマンリブ運動に関心を持った学生が多いので簡単な説明を提示しておくとよい)
- 「性を取り戻す」という表現にかけられている意味
- その背景にある、性の二重基準と性に関する権利(sexual rights)の侵害
- 「クローゼット」の意味、それを構築する社会関係(第2章の議論を引きながら解説するとよい)
ディスカッション・ポイント
- 本章は、「同性愛」カテゴリー内部にジェンダーを軸とした非対称な権力関係が存在してきたことに焦点をあて、それが男性の性表現に有利に、女性の性表現に不利に働いてきた歴史を明らかにしています。性表現をめぐる、こうした男女間の非対称性は現在も存続していると思いますか? 具体的な事例を示しながら、答えてください。
- 近年「LGBTQ」として括られる人びとの間には、男女間の非対称性以外に、どのような非対称性が存在していますか? また、それ(非対称性)は、どのような問題(有利/不利の問題)を引き起こしていますか? 具体的な事例を示しながら、答えてください。
- 性的マイノリティの権利保障を促進していくために、マーケットの力を積極的に利用していこうという動きがあります(本章pp. 96〜98を参照)。こうした動きを示す具体例と、それに対するあなたの評価を教えてください。
- カミングアウトされる側はどのように反応するのが望ましいと思いますか? また、カミングアウトをしやすい環境とはどのようなものだと思いますか?
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