スタディ・ガイド:杉浦郁子「1970年代以降の首都圏におけるレズビアン・コミュニティの形成と変容−−集合的アイデンティティの意味づけ実践に着目して」

クィア・スタディーズをひらく

クィア・スタディーズをひらく 1 −−アイデンティティ、コミュニティ、スペース』 第1章(pp. 15-51)所収

要約

 本章はレズビアン・コミュニティを「コミュニケーション・コミュニティ」(コミュニティを、コミュニケーションによって支えられるネットワーク、意味を紡ぎ出す実践の過程)と位置づけ、1970年代から1990年代半ばまでに焦点をあてる。この時期の「コミュニティ」は「レズビアン」をめぐる(再)意味づけを通して現象し、その際、ミニコミ誌が重要なメディアとして機能した。70年代の「コミュニティ」は、この時期すでに一般に流通していた「レズビアン」=「ポルノ」「オナベ」イメージとは異なる、別のよりポジティブな意味づけを与えようとする実践を通して現象した。その際、レズビアン・フェミニズム的な考え方が参照され、レズビアンの「独自性」や「本質」の確定および意味の固定化が図られた。90年代の「コミュニティ」はそれに対する反応として現れ、レズビアンのセクシュアリティやアイデンティティをより多様で自由なものとして捉え直す方向性をもっていた。この時期、バイセクシュアリティにポジティブな意味づけが与えられるようになったのはその一例である。他方、「オナベ」は「コミュニティ」の外に置かれることになる。しかし、これが「レズビアン」の意味を安定化させることになり、結果、90年代後半の「コミュニティ」においてレズビアンへの意味づけはさほど中心的なテーマでなくなった。

ディスカッション・テーマ

● 本章はどのような意味(点)で「クィア・スタディーズ」的か?
 研究の対象としてのクィア? 視点としてのクィア?

●「オナベ」の外部化について
 外部化されたのは「男性という性自認をもつ人」なのか? それとも「男性性」も同時に外部化されたのか? 
 トランス男性の外部化とレズビアン・コミュニティ内部にあるトランス女性排除は関係しているのか?
  レズビアンと男性性(あるいは、レズビアン「の」男性性)をめぐる議論とどう関連するのか?

●「レズビアンの意味が確定した」ように見える、それ以外の要因とは?
 ゲイ・コミュニティとのつながり、クィア・アクティヴィズムの影響
 アイデンティティ・ポリティクスへの批判

構成

はじめに (pp. 15-16)

1 レズビアン・コミュニティをどう論じるか

(1)コミュニケーションに支えられるネットワーク (pp. 16-19)

(2)コミュニケーション・コミュニティと集合的アイデンティティ (pp. 19-20)

(3)アイデンティティ政治とコミュニティ (pp. 20-21)

2 1970年代から90年代半ばという時代 ◉日本の「女性同性愛」の歴史における

(1)1910年代から1960年代まで−−「女性同性愛」の問題化と性欲化 (pp. 22-23)

(2)1970年代から1990年代中旬にかけての集合的な活動−−分析の対象 (pp. 24-25)

(3)「ミニコミ」というコミュニケーション・メディア−−資料について (pp. 26-27)

3 「レズビアン」をめぐる(再)意味づけ実践 ◉分析

(1)1970年代後半のレズビアン・フェミニズム (pp. 27-29)

(2)1980年代半ば以降の「れ組」 (pp. 29-38)

(3)1990年代前半の『LABRYS』 (pp. 38-44)

おわりに ◉アイデンティティを拠り所にしないコミュニティの行方 (pp. 44-45)

註 (pp. 45-49)

参考文献 (pp. 49-51)

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