イタリアとスペインの議会審議(2018–2023年)を対象に、右派・ポピュリスト急進右派政党がいかにフェミニズムを「兵器化」しているかを解明。右派がフェミニズムの語彙を巧妙に奪取・流用し、フェモナショナリズムやトランス排除のアジェンダを推進することで、交差的連帯を分断・無力化する「反インターセクショナル政治」の力学を告発。制度化された言説空間において、フェミニズムがいかに反動的な統治の道具へと回収され、周縁化された当事者を抑圧するかを浮き彫りにする。
論文の内容
右派政党が議会論戦においてフェミニズムをどのように言説戦略として再構築し、自らの排他的な政治課題を正当化しているかを解明した論文。近年の欧州政治において、ポピュリスト急進右派(PRR)や伝統的右派政党は、反ジェンダー団体や草の根運動と連携しながらジェンダー平等に反対する姿勢を強めている。しかし、従来の研究が主にメディアや政策文書における反ジェンダー論理を扱ってきたのに対し、本論文は公的な政策決定の場である「議会」に焦点を当て、右派勢力がフェミニズムを単なる反対対象としてではなく、戦略的に「武器化」する言説的プロセスを分析した点に大きな特徴がある。
その際、著者らは、右派勢力による「カウンター・インターセクショナル・ポリティクス」に焦点を当てる。インターセクショナリティがジェンダー、人種、階層、性的指向などの複合的な不平等を解き明かそうとするのに対し、カウンター・インターセクショナル・ポリティクスとは、そうした交差的な言説を意図的に解体し、周縁化されたグループ同士を対立させる政治手法を指す。右派勢力はフェミニズムを完全に拒絶するだけでなく、その主張や語彙を都合よく切り取って再解釈し、シスジェンダーの白人女性の「保護」や「権利」を主張しながら、トランスジェンダーや外国人・移民などの他者を排除する言説を展開する。著者らは「フェミニズムの制度化」の度合い、すなわち国家機関や政策形成過程にフェミニズムの課題がどれほど組み込まれているかが、右派の言説戦略の形態を決定づけると主張する。
分析の対象として、本論文は制度的背景が異なりつつもソシオポリティカルに類似したイタリアとスペインの2国を選び、2018年から2023年にかけての議会討論を比較分析している。分析方法には、議会発言における概念間の重複や結びつきを数値化・可視化するセマンティック・ネットワーク分析(SNA)と、発言の詳細な文脈やロジックを読み解く質的コンテンツ分析を組み合わせたミックスメソッドが採用された。具体的な議会討論として、イタリアでは性的指向やジェンダーアイデンティティに基づくヘイトクライムを処罰対象としようとしたものの否決された「ザン法案」をめぐる15回の討論が選ばれ、スペインではジェンダーの自己決定権を認める「トランス法」の成立に至る3回の討論が分析対象となった。
分析の結果、議会内におけるフェミニズムの構築と可視性において、両国間で対照的なパターンが明らかになった。フェミニズム運動の制度化が進み、「パブリック・プログレッシブ」なジェンダー・レジームを持つスペインでは、議会論戦においてフェミニズムが言説ネットワークの中心(ピボット)として顕著に登場する。右派政党(Voxや国民党)は、フェミニズムを「イデオロギー的」「全体主義的」「民主主義の脅威」と激しく攻撃するが、それによって皮肉にもフェミニズムは政治的議題の中心であり続け、言説として活性化している。著者はこの状態をシュレーディンガーの猫になぞらえ、批判によって殺されようとしながらも同時に活力を与えられている状態と表現する。
これに対して、フェミニズムの制度化が限定的で「パブリック・コンサバティブ」なジェンダー・レジームを持つイタリアでは、右派政党(同盟、イタリアの同胞など)は議会論戦で「フェミニズム」という言葉自体を明示的に議論することを避ける傾向にある。フェミニズムは言説ネットワークの周縁に位置し、直接的な標的とされることは少ない。しかし、これは右派がジェンダー問題に関心を示さないことを意味するのではなく、むしろ「言論の自由」の侵害という主張や「ジェンダー・イデオロギー」批判、さらには「白人キリスト教ナショナリズム」や反移民感情とジェンダー問題を緊密に絡め合わせる戦略をとっているためである。イタリアでは、フェミニズムを公的に不可視化しつつ、人種やナショナリズムの枠組みの中にジェンダー排除を吸収させているのである。
具体的言説戦略においては、両国に共通して「女性の権利を守るためのフェミニズム批判」という巧妙な言説の武器化が見られた。右派勢力は、「トランス女性の権利拡大がシスジェンダー女性の空間や権利を脅かす」と主張するトランス排除的(ジェンダー批判的)フェミニストの言説を選択的に盗用・引用した。右派議員たちは、「反トランス的な主張は右派の勝手なイデオロギーではなく、フェミニスト自身からの要請である」という「フェミニストが我々に求めている(feminists are urging us)」という論理を構築した。この戦略により、右派は自らの差別的な法案反対姿勢を「女性の安全と権利を守るための普遍的な訴え」へとすり替え、「シス女性を守る本物のフェミニスト」と「法案を支持する偽物のフェミニスト」という二項対立を作り出したのである。
さらに、ジェンダーに基づく暴力や性的不平等への懸念を、反移民・排外主義的な文脈へと付け替えるフェモナショナリズム(femonationalism)やホモナショナリズムの戦略も強く観察された。イタリアの右派議員は、国内での性的マイノリティへの暴力対策法案を無用と決めつける一方で、ムスリム移民による女性への性暴力を強調し、「真の緊急事態は外国人による侵略である」として排外主義を煽った。また、性的マイノリティの権利を口実にしてイスラム圏を「野蛮」と非難する一方で、国内の性的マイノリティの権利は認めないという二重規範が示された。スペインにおいても、右派政党Voxはトランス権理法案を「社会工学」と非難し、西欧の白人人口減少を危惧する「少子化の冬(demographic winter)」という陰謀論的ナショナリズムと結びつけて批判した。
このように本論文は、現代の右派勢力が単にフェミニズムに外部から対立するだけでなく、フェミニズム言説の内部に侵入してその概念を組み替え、周縁化された人々(シス女性、トランスジェンダー、移民)を互いに反目させることで、民主主義的・交差的な権利構造そのものを解体しようとしている実態を描き出している。そして、フェミニズムの制度的基盤の強さが、右派の攻撃の直接性や選択的盗用の度合いを変化させるという比較政治学的な洞察を提供している。議会という公的な意思決定の場で繰り広げられるこれらの言説戦略の解明は、ポピュリズムや反ジェンダー政治に対抗し、真の交差的民主主義を維持するための重要な示唆を含んでいる。
批判的検討
本研究の分析方法や研究デザインには、いくつかの限界が存在する。まず、イタリアとスペインの2カ国を選定して比較している点が挙げられる。両国は南欧という共通の背景を持ちつつフェミニズムの制度化の度合いが異なる。このため、制度の差が及ぼす影響を分析するのには適しているが、異なる政党制や宗教的・人種的構造を持つ他の民主主義国家へ結果をそのまま一般化することには限界がある。
また、分析対象のデータが2018年から2023年にかけての特定の法案、具体的にはイタリアの「ザン法案」とスペインの「トランス法」というLGBTI+やトランス権理に関連する議会討論に絞られている点も限界の一つ。これらの法案はトランス排除的フェミニストと右派の言説的接近が特に顕著な領域だが、中絶やケア労働、同等賃金といった他のジェンダー政策領域において、右派が同様の論理でフェミニズムを武器化するかどうかまではカバーされていない。さらに、分析対象となった討論の回数がイタリアの15回に対してスペインは3回と差があり、法案の政治的重みに着目して比較を正当化しているものの、サンプル数の不均衡が存在する。
データソースを議会での公式な討論(議事録)のみに限定している点にも注意が必要。議会発言は公式な手続規則や政党規律、メディアへのアピールを意識した戦略的な発言の場であり、SNSや党内議論、草の根運動、一般メディアなどで観察される反ジェンダー論理や感情的語彙の全貌とは現れ方が異なる可能性がある。
さらに、手法面における混合研究法(ミックスメソッド)固有の制約も存在する。セマンティック・ネットワーク分析(SNA)は概念の共起関係や中心性を客観的に数値化・可視化することに優れている。しかし、語と語の共起度合いや構造を示すものであり、発言者の肯定・否定の文脈や皮肉といった質的ニュアンスを数理的指標のみで直接解釈することはできない。この点は質的コンテンツ分析を組み合わせることで補われているものの、両国の政治・社会文脈の違いから分析に使用されたコード体系(コードブック)が完全には一致しておらず、国ごとの文脈的解釈に依存する部分が残されている。