実力主義的な地位秩序の構築

実力主義の実装は、人を優劣で見る認識の枠組みそのものを作り出す。本論文はそれを「メリット・オーダー」と呼び、格差を固定・拡大する機制を四つの観点から整理する。

著者
Fabien Accominotti, Michael Sauder
原題
The Making of Meritocratic Status Orders
出典
Annual Review of Sociology 52: 301–318
発行年
2026
DOI / URL
https://doi.org/10.1146/annurev-soc-090225-014158
DEI

論文の内容

実力主義(メリトクラシー)が社会において具体的に適用された結果として構築される「実力に基づく地位秩序(メリット・オーダー)」の性質と影響を包括的に検討したレビュー論文。

著者らは、これまで教育、文化、経済、組織といった異なる社会学の領域で断片的に扱われてきた実力主義に関する研究を統合し、実力評価がそれ自体で独自の階層化効果を持つ秩序を生み出すプロセスを浮き彫りにする(p. 301、p. 302)。メリット・オーダーとは、他者の業績や能力の評価に基づいて生じる、価値の優位・劣位といった主観的な地位の階層構造を指す(p. 301、p. 302)。実力主義は単に人々を異なる位置へ選別するだけでなく、構築された秩序そのものが社会格差を固定・拡大する要因となる(p. 301、p. 302)。この実力秩序を解明するため、論文は四つの観点から多角的な分析を行っている(p. 303)。

第一の観点は、メリット・オーダーを人々の頭の中にある認知的な「文化的スキーマ」や、社会に実在する「文化的オブジェクト」として捉え、その形状や人々の間での共有度を分析することである(p. 305)。メリット・オーダーの形状は、垂直性(階層の細かさ)、明確性(境界の不確かさのなさ)、硬直性(時間的な安定性)の三つの次元で変化する(p. 306)。たとえば、大学の評価において「アイビーリーグか否か」という大まかな二分法は垂直性が低いが、数値による詳細な全国ランキング(例:USニューズ誌による格付け)は非常に高い垂直性を持つ(p. 306)。また、ノーベル賞のように単一の受賞者のみを決める勝者総取りの評価制度は、全員を順番に並べる評価制度とは異なるメリット・オーダーを形成する(p. 305、p. 306)。さらに、人々がこうした職業や能力の価値秩序をどのように身に付けるかについて、子ども向けの絵本に描かれた役割分担などの文化的オブジェクトが幼少期から特定の職業的名声の序列を学習させていることや、大学教育を受けたか否かで職業の格付けに関する認知スキーマが異なることなどが示されている(p. 306、p. 307)。

第二の観点は、メリット・オーダーが階級、人種、ジェンダーといった既存の不平等とどのように相互作用し、それらを正当化(道徳化)しているかを解明することである(p. 307)。実力主義的な評価制度は、個人の生まれ持った社会的特権や有利さを見えなくし、それによって生じた結果としての格差を「個人の能力や努力の差」という道徳的な差異へとすり替える機能を持つ(p. 307)。例えば教育分野では、ブルデューの議論に代表されるように、親から受け継いだ文化的資本の格差が、学校制度における純粋な「学力」の差へと誤認され、結果として階級の再生産が正当化される(p. 307)。たとえば、アメリカにおける個人の信用スコア(クレジットスコア)制度が挙げられる(p. 308)。個人の過去の返済行動に基づく数値評価は、あたかも個人の「正しい選択や良識」の結果として描かれるが、その背景にある実質的な経済的背景や制度的支援の格差を覆い隠し、経済的な機会格差を自己責任論に帰結させている(p. 308)。また、評価尺度の垂直性が高い(細分化されている)ほど、ジェンダーや人種に対する偏見が増幅されやすいという実験結果も示されている(p. 308)。具体的には、従業員の評価尺度を1から10の10段階にすると女性が最高評価を得る確率が男性より著しく低くなるが、1から6の6段階に縮小するとこの格差が消失することや、5つ星評価からシンプルな二元評価(高評価か低評価か)に変更することで評価における人種的バイアスが排除されるという事例が挙げられる(p. 308)。

第三の観点は、メリット・オーダーの構築が人々に物事を序列で捉える「階層的な視線」を植え付け、人間を価値の度合いで分類する新しい貴族主義的思考を育むことである(p. 309、p. 310)。評価の数量化(IQテストが知性を誰もが異なる度合いで持つ単一の測定可能な実体として制度化した事例など)は、一元的な地位秩序を社会に自明のものとして定着させる(p. 309)。また、合格や受賞といった「神聖化(consecration)の儀式」は、選ばれた者とそうでない者の間に恣意的で極端な境界線を引くことで、メリット・オーダーそのものが客観的に実在するという信仰を人々に抱かせる(p. 309、p. 310)。たとえば、エリート大学への合格発表において、合格した最後の志望者と不合格になった最初の志望者の間には能力差がほとんど存在しないにもかかわらず、儀式的な選別が両者の間に決定的な価値の境界線を作り出し、その結果として実力秩序全体の正当性を周囲に確信させる(p. 309、p. 310)。このような一元的な実力評価の蔓延は、人間の無限の多様性を尊重する代わりに「一部の人間は他者よりも価値がある」という貴族主義的な思考様式を復活させ、民主主義的な平等の基礎や共同体内の連帯を脅かす懸念がある(p. 310、p. 311)。

第四の観点は、メリット・オーダーのアーキテクチャ(構造)そのものが、結果として生じる金銭や資源といった報酬の格差(結果の不平等)を直接的に拡大・縮小させる効果を持つことである(p. 311)。実力秩序がより垂直的で、明確で、硬直的であるほど、上位者と下位者の間に配分される報酬の格差は、実際の能力差以上に拡大する傾向がある(p. 311)。具体的な事例として、アメリカの法科大学院(ロースクール)における全国ランキングの導入が挙げられる(p. 311)。ランキング導入前は一部のエリート層を除いて緩やかに格付けされていた法科大学院の地位秩序が、数値評価によって極めて細分化された結果、各校の客観的な教育の質自体は変わらないにもかかわらず、出願者や資金調達能力、寄付金などの資源が上位校へ極端に集中し、ロースクール間の格差が急激に拡大した(p. 311)。また、従業員の業績を評価する際、詳細な点数などの数値スコアで提示されると、評価者は同一の業績格差であっても、記述(ナラティブ)形式で提示された場合より、上位者と下位者の間の金銭的報酬(ボーナスなど)の差を大幅に広げて支給することを認めるという実験結果も紹介されている(p. 311、p. 312)。

結論として、メリット・オーダーという概念は、実力主義が現代の社会不平等を強化・再生産する独自の因果経路を示している(p. 312)。それは、選別プロセスの公正さをめぐる従来の議論を超え、実力主義が作り出す評価の秩序そのものが持つ階層化の効果や、現代社会における結果の不平等の発生メカニズムを解き明かすための重要な視座を提供しうる(p. 303、p. 312)。

批判的検討

実力主義に対する問いの立て方を根本から変える点に、本論文の重要性がある。従来の議論は「実力主義は公正か」というイデオロギーの次元に集中しがちだった。しかし、本論文は「実力主義が社会に実装されると何が起きるか」という具体的な問いに焦点を当て、「メリット・オーダー」という概念を軸に論じる。実力主義的な評価システムは個々の評価にとどまらず、人びとが他者の相対的な価値を認識する際の階層的な枠組みを社会に生み出す。その枠組みこそがメリット・オーダーであり、それ自体が不平等を再生産する独自の経路を持つというのが本論文の核心的な主張。

評価スケールの設計がジェンダー・人種バイアスを構造的に生み出すという実証的知見は興味深い。これらは、差別が評価者個人の偏見だけに起因するのではなく、評価システムの設計そのものに組み込まれているという事実を示している。信用スコアやアルゴリズムによる評価といった現代的な事例も豊富に取り上げられており、日常的に接している制度との結びつきが理解しやすい。